“いいね金沢”加賀野菜

加賀野菜〜産地からのストーリー〜

たけのこ・山下 博さん

山下 博さん

『どこに生えるのか、どれくらい採れるのか
全部、竹が決めることやから。』

金沢に春を連れてくる、たけのこの便り。
江戸時代に金沢に孟宗竹が持ち込まれたのが始まりとされ
気候や風土と、山を大切にしてきた先人たちから受け継がれてきました。
北限の産地として、金沢のたけのこは、日本で最も遅い旬を迎えます。


山と共にじっくり
大切に育てる

 頭上からは鳥のさえずりが聞こえ、竹林を風がそよそよ渡っていきます。足元は、やわらかくてふかふかの土。山下さんは、ここを「山」と呼んでいます。
 たけのこは、米や野菜のように、栽培して育てて収穫するという一般的な農業とは少し違います。そこに根を張り育つ竹から、芽を出したものを収穫する。ある意味、山の恵みをいただくようなスタンスです。
 「このあたりは粘土質やから、空気にあたらんと身のしまったたけのこに育つみたいやね。雪が積もると土の中は温かくなるし、そのあたりもいいのかもしれん」。ほかの産地との違いを少し誇らしげに語る山下さんですが、土壌や気候に恵まれているとはいえ、竹林を放っておいては、おいしいたけのこは育ちません。
「山にいかんと。竹を切ってやらんと出んようになる」。4月に始まるたけのこの収穫は、5月頃まで続きます。夏には、除草剤を使わず草を刈って肥料を与え、秋には伸びてきた竹を切って風通しや日あたりをよくしておきます。竹は、1日に50㎝以上のびることもあり、ちょっと手を抜くと密集してしまう。年に2000本は切るというから驚きです。雪に埋もれる真冬を過ぎる頃には、雪の重みで倒れた竹を片付けるのも大切な仕事。山の恵みだけではなく、山と人とが力を合わせることで、おいしいたけのこが育っているのでしょう。


掘るのではなく
見つける、見極める

 山の斜面を歩いていると、突然土を掘り始める山下さん。たけのこの姿は、表面に出ていません。「山に入るとたけのこしか見てないから」素人にはただの地面にしか見えないところに、たけのこが生えている小さな土の盛り上がりがわかるのだそう。
 掘り始めると、速い、速い、速い。「頭を見ると、大きさや生えている向きがわかる。たけのこは、まっすぐ生えとらん。だから向きを間違えると、傷つけるんや」と説明しながら、あっという間に、たけのこは土から掘り出されました。使ったのは「トンガ」と呼ばれるたけのこ用の鍬だけ。手作業で、1日約100㎏、200~300本を掘り上げます。
「たけのこは、トンガだけ。道具がいらん、あとは体力だけあれば」と山下さんは言いますが、ご自身も50年以上たけのこの収穫を続けていて、いまだに「うまいこといかん」そうです。
 「自分で“ここに植えよう”と思って作る野菜とは違って、どこに生えているのか、どっちを向いているのか。しかも土の中やから見えんし」。それだけに、見つけること、地中の姿を見極めることが何より大切なことなのでしょう。
 「でも、どこにたけのこが生えるのか、どれぐらいたけのこができるのかは、竹が決めることやから」。 


山と先人に感謝し
次の世代に守り継ぐ

 金沢では、毎年4月にたけのこ感謝祭が開かれます。これは、この地にたけのこを持ち込んでくれた岡本右太夫(ルビ:うだゆう)の功績を称え豊作を祈るとともに、たけのこを育む山へ感謝する日。山下さんたち、たけのこ生産者のみなさんは、この日をとても大事にしています。
 そんな集落の人たちは、ほとんどがたけのこを上手に掘るそうです。80歳を超えたおばあちゃんも、山下さんの息子さんたちも。山菜やきのこを採るのも生活の一部みたいなものだとか。
 そんなふうに山と共に暮らし、山の恵みに感謝する里山の人たちが、代々守り継いできた、金沢のたけのこ産地。
 「表年、裏年っていうのも、竹が1年がんばったから次の年はちょっとゆっくりしようということや」。
 ここには、人間の力が及ばない自然の力と、うまく共存している人たちの暮らしがあります。